プロフィール

そうしゅう・プロフィール

Contents
  1. 簡単なプロフィール
  2. ニワトリ大好き幼稚園児
  3. 将来の夢は環境NGOで働くこと?
  4. 根性を叩きこまれた部活時代
  5. 大学進学のキーワードは「環境問題」
  6. 講義じゃ足りない外へ出よう
  7. 大きすぎた問題
  8. 環境負荷を減らす生き方とは
  9. 人間関係にうんざりした会社員時代
  10. 初めての複業
  11. 似たもの同士で結婚
  12. 実体験をリアルに発信したい
  13. (2021年版)普段の仕事&活動について

簡単なプロフィール

はじめましてブログ運営者のそうしゅうです。

こんにちは。茨城県にある湖畔沿いの古民家で暮らす、そうしゅうです。

生まれたところはロサンゼルスで、5歳までアメリカにいました。そのあとは神奈川県藤沢市・江ノ島で育ちます。結婚を機に茨城の地へ引越してきました。

現在は家と庭、全敷地合わせて900坪ある古民家に住んでいます。

古民家を買うとき分からないことが多く、心配性の自分には不安がいっぱいの時間でした。なので、これから古民家生活を検討したい、どんな暮らしぶりなの?と気になる方へ向けて実体験を元にした情報をお伝えしたく、このブログを始めました。

誕生日が9月1日生まれの早い秋(そうしゅう)なので、この漢字になりました。性格は、心配性とロマンチストのハイブリッドです。ぶつくさ考えがち。

以下からプロフィールと言いつつ、幼少期~現在(2021年)に至るまでの歴史を振り返ってみようと思います。

ニワトリ大好き幼稚園児

神奈川の幼稚園に通っていたときは、大のニワトリ好きでした。

園の裏手に秘密基地みたいな山があって、そこにニワトリ小屋がありました。たくさんのニワトリが暮らしていて、鶏さんを抱っこするのが好きでした。

自宅でもハムスター、うさぎ、金魚、熱帯魚など生き物をたくさん飼っていたため、動物に対してはなんでもメロメロな子供でした。

将来の夢は環境NGOで働くこと?

小学生になっても動物好きは変わらず、飼育委員会に入りました。

休み時間や放課後を使って、ニワトリとうさぎのお世話をしました。育児放棄されたヒヨコを2羽自宅に持ち帰り、育てたことがあります。

この頃から自然環境に対する関心があり、卒業文集で「将来は環境NGOで働きたいです」と書いてあります。

なんで小学生がNGOという難しい言葉を知っていたのか疑問に思われそうですが、母親が英語教師だったのでそんな言葉を耳にしたのだと思います。

根性を叩きこまれた部活時代

中学生のとき、ソフトテニス部に入部して、鬼キツイ練習に追われる日々を過ごし関東大会に出ました。

ニワトリと触れ合っていたピースフルな小学校生活から一変して、中学校ではソフトテニスに打ち込みます。顧問は鬼のように怖い人でした。大人になった今でも夢に出てきます。

「言うより行動」「努力で何とかする」みたいな体育会系の根性論はわりと嫌いじゃないんですけど、それは部活時代の鬼の訓練で染みついた精神だと思っています。

中学時代の部活が辛すぎた反動で、高校では帰宅部に入部し、ひたすらペットのセキセイインコと遊んでいました。生き物に対する想い、再燃です。

大学進学のキーワードは「環境問題」

以下の二つが重なって、大学受験のときは「環境問題を勉強したい」と感じるようになっていました。

 

  1. 小さい頃から動物と触れ合ってきたこと
  2. アウトドアな遊びやスポーツが好きだったこと

 

ただ残念なことに、数学が壊滅的にできなかったんです。なので、国立と理系への道は諦めました。文系でありながら環境問題にアプローチできる大学を片っぱしから受けました。

結果、明治学院大学社会学部に入学し、「環境社会学」のゼミに入ることになりました。環境社会学とは「環境と人間社会の相互関係に関する学問領域」とされています。

講義じゃ足りない外へ出よう

大学に入ったはいいものの、講義ばっかりで物足りないと感じていました。

そこで、東南アジアを中心にバックパッカーとして旅をすることにしました。タイ、ラオス、カンボジア、スリランカ、バリ、ベトナム、台湾、マレーシア、など多数の国を訪れました。

学外でのボランティア活動にも複数参加しました。キーワードは「環境・農業」でした。例えば以下のような活動をしました。

  • 足尾銅山でどんぐりの木植林@栃木
  • 屋我地島でマングローブ植林@沖縄
  • 住み込みでとちおとめ収穫&パック詰め作業@栃木
  • 長期滞在で有機農業体験@茨城(→夫と初めて出会った場所)
  • 合鴨米用アイガモのお世話@茨城
  • ベジタリアンレストランで調理補助@神奈川
  • 熱帯雨林視察@ボルネオ島

特に今後の生き方の価値観を決定づけたのは、ボルネオ島での「熱帯雨林視察」でした。

大きすぎた問題

ボルネオ島での熱帯雨林視察は環境NGO主催で行われました。

学生10名程度、職員数名の参加がありました。テーマは以下でした。

  • 熱帯雨林の急速な減少はなぜ起きているのか?
  • 人々との関わりはどれくらいあるのか?
  • 自分たちにできることは何か?

びっくりすると思うのですが、熱帯雨林伐採には世界中で消費されている「植物油脂」が関係していました。植物油脂は、パームオイル、パーム油、と呼ばれることもあります。菓子や加工食品はもちろん、せっけん、化粧品、洗剤などにも使われる便利な油です。

ボルネオ島では、世界で消費される多量の植物油脂(パームオイル)を作るために熱帯雨林が伐採され、原料となるアブラヤシのプランテーション(大規模農園)が増え続けていたのです。いわゆるモノカルチャー(単一の農作物を生産する農業形態)ですね。

モノカルチャーの問題点は、「生物多様性の喪失」にあります。実際視察をして感じたのは、熱帯雨林にはたくさんの生き物がいるんですが、開発された畑には一切生き物がいなくて静かなんです。

森でエメラルドブルーの鳥を見たときはうっとりしました。信じられないくらい光沢があり綺麗でした。一説によると、世界中にいる生き物のうち半数以上が熱帯雨林に集中しているそうです。

そんな貴重な場所が油のために消えているなんて……!素直にショックでした。目を見張るくらい綺麗な動物たちの住処がどんどん消失し、息絶えていくと思うとぞっとしました。こうやって生態系ピラミッドは崩れていくんだなと。

ただ、自然環境に配慮した方法で生産される植物油脂(パームオイル)もあります。地球人口が増えている中で、成長スピードが速いアブラヤシにはポテンシャルもあるみたいです。さらに、パーム産業で稼いでいる人たちにとっては立派な仕事なわけで、ひとくちにダメとは言えないところがこの問題の複雑なところです。

こうして熱帯雨林の減少と自然環境の荒廃を目の当たりにし、ショックを受け、しばらく立ち直れませんでした。問題が大きすぎたんです。

環境負荷を減らす生き方とは

人が生きることは、環境負荷がかかることだと思います。ただ、負荷の程度は変えることができるとも思います。

熱帯雨林視察を経て、問題の大きさに悩んだすえ、「できるだけ自分の生活において環境負荷を減らす努力をしながら生きていこう」という考えに落ち着きました。

最も簡単にできたことは、食生活や消費行動を変えることでした。消費者として何を選択するかで、世界の環境は守られていくと確信していました。

特に環境に優しい食生活を極めると「健康ヲタク」になれるわけなんですけど、家族や友人もそうした食生活に興味を持ってくれることが多かったです。ヘルシーな食生活の裏にあったのは、あくまでも「環境を守りたい」という気持ちでした。

そして大学卒業時には「地域思考」が強くなります。なるべく地域単位でモノを生産・消費するような経済圏を各地に作ることができたなら、こんなに環境に良いことはないのではないか、と考えるようになります。

そこで就職活動の軸は「地域密着」に据えることにし、無事、地元の都市ガス関連会社に就職が決まったのでした。

人間関係にうんざりした会社員時代

大学卒業後は、都市ガス関連会社に就職しました。

「地域内で作られたモノやサービスが地域内で消費されていくような、小さな経済圏があちこちにできれば、まわりまわって地球環境を守ることになるはずだ」そう考えて地元の地域密着型企業に就職したのはいいものの、大人の世界は甘くはありませんでした。

「会社で働くと人間関係を選べない」という壁にぶち当たったのです。

失礼な話ですけど、社内に意地悪な40代社員がいて大嫌いでした。暇を見つけてはジャニーズの話をして、ちょっとでも仕事の進め方にモノ申すと機嫌悪くなって、コソコソ悪口言われて、無駄に残業して……。

  • 人間関係ほどストレスフルなものはない
  • 嫌いな人と仕事するほど苦痛なことはない
  • 日系企業のネチネチした人間関係にうんざり

こんなことを悶々と考え続ける日々でした。地球環境や地域経済のことを想って入社したつもりが、全く違うことで躓いてしまったのです。夢や想いだけでは仕事は続かない、そう悟った瞬間でした。

  • 面倒な人間関係から解放されたい
  • 一人で稼げるようになりたい
  • 自由に生きたい

と思うようになります。

自由に生きたいと願う一方で、お金に対する不安や興味がフツフツ湧いてきたので、金融の国家資格、ファイナンシャル・プランニング技能士試験(FP)を受験し合格しました。

初めての複業

それでもまだお金のことを知りたい欲が途絶えず、転職先は金融業界を選びました。

しかも、転職先の企業理念が「地域活性」だったので、貢献したい分野でもありました。

一社目と違い、外資系出身者が多い少数精鋭の企業だったので、変な人間関係もなく、さっぱりしていて働きやすかったです。会社ってこんなにも雰囲気が違うんだな、と驚きました。

とはいえ四六時中好きな人とニコニコ仕事ができるわけではありません。この時から「一人で稼ぐ」を少しずつ形にするため、複業を始めます。

選んだのはライティングでした。WEBサイトやフリーペーパーの専属ライターになり、記事を書いて報酬をもらう形です。一人でできて気楽です。本業以外で給与が振り込まれるのは、お小遣いをもらうラッキーな感覚に似ていました。

似たもの同士で結婚

数年後、結婚することになりました。夫28歳、わたし27歳でした。

夫は早い段階で起業経験がありました。性格は真逆だけど、この人と結婚したら一緒に自由な生き方を模索し続けられるかも?と感じたのが結婚の決め手でした。

夫の希望で茨城県に住むことになり、これまでの仕事は退職しました。同居を始めて二年間はマンションに住みました。ですが、夫婦のなかで以下の気持ちが芽生えてきて、庭付き古民家を探し始めます。

  • 二人暮らしのリズムが掴めてきた
  • 自然を感じる生活がしたい
  • 二人でつくる仕事の拠点が欲しい

実体験をリアルに発信したい

ここまでの人生を振り返って、今後大切にしたいことが二つあります。

 

  1. 自然環境に配慮した暮らしを実践したい
  2. 面倒な人間関係から解放されて自由に稼ぎたい

 

古民家に住み始めたのは、二つを実践するための場所が欲しかったからです。古民家を買うときにはたくさんネットサーフィンしました。色々な方にアドバイスも求めました。だって一生で一番大きな買い物なわけで、失敗は許されないと思ったからです。

どうやって物件を選んだらいいのか?住み始めたあとのイメージは?事前に知っておいた方がいいことは?古民家暮らしって実態はどうなの?分からないことがたくさんでした。でも知りたい情報が意外と少なくて、「もう自分たちが実験するしかないじゃん!」と思いました。

そんなわけで、将来古民家暮らしをしてみたい、と考えている人たちへ向けてこのブログ「古民家移住の教科書」を立ち上げるに至りました。

(2021年版)普段の仕事&活動について

仕事は何をしているの?普段どんなことに時間を使っているの?が気になるところだと思いますので、最後にそちらを紹介して終わろうと思います。

仕事を「お金を得るための収入源」という意味で捉えるならば、小さく個人事業を行っています。夫婦であれこれ模索しながら仕事をつくっている最中です。

  • ライティング
  • ブログ運営
  • 民泊運営
  • 住宅宿泊管理業(宅建士の資格を活かし2021年、届出)

そのほかにも単発で業務を請け負うことがあります。最近だと、自治体で税務相談員をやったり、NPO法人の助成金に関する業務を行ったりしています。

お金にならない仕事も重視しています。例えば、畑仕事、庭仕事、保存食づくり、家事育児(育ヤギ)などです。ここにも時間をかけながら生きています。

ではそろそろこのへんで。記事でお会いしましょう!

そうしゅう