プロフィール

プロフィール【新郎あきお】


簡単なプロフィール

名前:きくちあきお

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1989年生まれ、茨城県出身です。

現在は、環境問題を扱う研究所で、情報サイトのコンテンツを作成しています。

小さなころから、生き物が好きで、野山や畑の中を走り回って育ちました。4人兄弟の長男で、みんなで楽しく遊んでいるときも、自分のことを客観的に見てしまうような子どもでした。

中学卒業後、こーせん(高等専門学校、5年間の高等教育機関)に入学。

そしてさらに、新潟の大学に編入し、中退して、農業を始めました。就活中に震災に見舞われたことが理由です。

農業で起業した経験から、国立大学でコーディネーターとして勤務、転職して現職に至っています。2017年9月、27歳の時に結婚しました。

“あたりまえ”に流される日々

“良い大学に行って、良い企業に就職して、結婚する” それが幸せだと思っていました。

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16歳から20歳まで5年間学んだ、こーせんでは、みんな当たり前のように勉強して、当たり前のように大学に編入します。または、化学メーカーに就職していきます。

僕も、当たり前のように、新潟にある大学に編入しました。

編入すると大学3年生。2年間で卒業します。ただ、近年は専門性を高める教育が主流になっていて、僕の大学では96%が大学院へ行った後、就職していました。

僕も、みんなと同じように大学院に行こうと思っていました。

ただ、みんなが同じ方向を向いて歩いているのを見ていて、少し気持ち悪くなってきました。何も考えないで、歩いて行って大丈夫なのだろうかと疑問を持ちました。

僕は、流れに逆らって、違う方向に歩いてみることにしました。就職です。僕の通う大学では、学部卒で就職する人はほとんどいません。修士の先輩たちと並んで就活をしました。

僕は2社の内定をもらいました。設計関係のコンサル会社とメーカーです。ただ、就職するのも、だんだん気持ち悪くなってきました。

大学生がすごいたくさん集まって、合説(合同説明会)に行き、会社の説明を聞き、さらに会社の説明会に行って・・・何も考えずに同じ方向を向いて歩いているように思えたからです。

このまま就職するんだろうかと思っていた時、東日本大震災に見舞われました。2011年3月11日です。

東日本大震災、マックで

震災時、僕は、新築マンションの清掃のバイトをしていました。

バイトしながら就活の資金を稼いでました。揺れた瞬間、ペアで働いている方の脚立を必死で抑え、揺れが止まって、外に出ました。大変な地震であったことはわかりましたが、休憩して17時まで清掃をつづけました。

駅に行くと、シャッターが閉まっていました。

バス乗り場、タクシー乗り場は行列です。とりあえず翌朝に電車は動くだろうと、マックに入りました。マックも行列です。席は空いていません。席がない人が、トレーを持ったままたたずんでいました。

しかし、4人掛けのところに1人や2人で座っている人がほとんどで、相席が出来れば席はたくさん空いています。僕は、若いサラリーマン男性に相席をお願いしました。そして、立っているおばあちゃんに、僕の隣を勧めました。

そうやって、子どもを抱える方や、お年寄りに空いている席に座ってもらいました。

こんな非常時でも、相席すら出来ない。僕は、社会に対して違和感を持ちました。

自分の生き方は自分で決める、農業で起業

電車も動き出し、就活もまぁこんなもんかとけりをつけて、新潟に戻りました。

また、毎日のように授業と研究室の往復生活です。

あるとき、友達が福島へボランティアに行かないかと誘ってきます。要は運転手が欲しいとのこと。

僕は、まぁ、行ってみることにしました。

僕らの活動は、避難所で足湯を提供すること。足湯の最中に、ボランティアは、1対1で避難されてる方の話を伺います。

僕が、あるおじいちゃんに、

「立派な手ですね。」

というと、

「昔は、農家だったんだ」

と答えが返ってきました。

僕は、ショックでした。農家に引退がないと思っていたからです。

そして、僕も農業をやることにしました。

大学は休学、1年間の研修を経て、株式会社青春畑きくち農園、設立です。

農家はモテない

大学院に行かない、就職しない、そうやってみんなと違う道を歩んできました。

農業においても、大規模生産・農協出荷という既存の方法でなく、小規模生産・直接販売を徹底しました。同じことをしても成功はないと思っていたからです。

しかし、これは言われました。

「農業するのは。会社に入って、嫁を見つけてからでもよかったんじゃないか」

そう、農家はモテないという常識があるようです。そう言われるのは凹みますが、幸いなことに今の妻と出会うことが出来ました。

結婚って何か、結婚式って何か

「付き合って1年の日にプロポーズするつもりだよ」というプロポーズを経て、僕らは結婚することになりました。

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そうと決まれば、結婚について話して、考えます。

結婚って何かから始まって、結婚式にまで踏み込みます。よくわからなくなって、行って帰って、同じ議論を切口変えて散々話し合いました。

「結婚」ってきっと、二人ものでなく、社会の中の二人が結婚をするということなんだろうなって、そして「結婚式」は社会に報告することなのだと。それから僕たちは僕たちの「結婚式」について考えました。

二人で考えた新しい結婚式の在り方

僕たちの「結婚式」については、このサイトで詳しく読んでほしいと思います。

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ここは僕のプロフィール、この社会にある“あたりまえ”を疑ってきたのが僕であると知ってほしいのです。

「結婚式」は社会に結婚を報告するためと分かったら、どうやって報告するかも考えます。また二人の宣誓も必要と思いました。一方で、妻のウェディングドレスを着たい夢を叶えたいとも思います。

僕らは、この社会の“あたりまえ”と向き合い「結婚式」の目的を分解することで、これからの結婚式のカタチとして「結婚披露展」を考案しました。

この発明の裏には、妻、早秋の「私たちの考えを知ってほしいよね」という考えがベースとなっています。

あきお
あきお
新郎あきおです。

1989年8月生まれ。茨城県出身。

東日本大震災を機に、自分の生き方は自分で決めたいと思うようになる。わたしたちの結婚式も、二人で自分たちの結婚式のカタチを考えた。

既成のものに囚われず、たくさんの人たちに自分たちの結婚式を考えて欲しいと思っている。